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岡山の県立スポーツ&リゾートセンター。
それはアスリートを育み続ける陸上競技場「桃太郎スタジアム」はじめ屋内体育館「桃太郎アリーナ」、
「野球場」「テニスコート」「プール」「武道館」「弓道場」など、自然と調和するバラエティな体育施設群。
しかも歴史が楽しく学べてしまう史跡のオマケつき。
岡山市いずみ町の 岡山県総合グラウンド は、縄文時代後期までタイムスリップ可能な「津島遺跡」を含める複合スポーツエリア。
さて、晴れの国と呼ばれる岡山は、スポーツ盛んな元気な街。
昭和37年 第17回大会に続き、平成17年「晴れの国 岡山国体」と銘打った第60回目の国体が開催された土地。
そんなスポーツランド岡山が輩出したオリンピック選手の筆頭は、炎のスプリンターと呼ばれた陸上の人見絹江選手。
1928年8月2日 アムステルダム・オリンピック女子陸上競技800m走で、日本人女性初の(銀)メダリストとなったアスリート。
その際、優勝選手と人見選手はゴールに倒れ込み失神。 女子800m走は2大会連続で見送られるという壮絶なエピソードも残される。
画像は桃太郎スタジアム(陸上競技場)正面玄関近くのモニュメント。
アニモとは、スペイン語で「魂・勇気・気力」。 そうアニモとは、「有森裕子」選手の愛称です。
彼女は1992年のバルセロナ五輪で銀、1996年 アトランタ五輪で銅メダルを獲得した女子マラソン界のスーパースター。
今年2月の東京マラソンをラストランとして引退するも、その偉大なる記録たるや山の如し。
アスリートの定番メニュー 高地トレーニングは彼女の発案で、
また、プロ宣言を行ない事実上のプロ第1号になるなど、日本プロランナー界の草分けでもあるのです。
(画像は遺跡&スポーツミュージアムで撮影許可を頂いたもの)
そして人見絹江選手は有森選手の同郷の大先輩。
そんな二人が銀メダルを手にしたのは8月2日(日本時間)とか。
年度は離れていても、世界のトップアスリートを結ぶのは、スポーツ王国 岡山の絆であったといえそうです。
と、想いが巡る桃太郎スタジアム ウォークが面白く。
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【編集後記】
画像は野球場横のテニスコート(南コート)。
レストルームのお洒落な感じは県立というよりリゾートの雰囲気。 スポーツ大好き 健康志向の街 岡山ならでは
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